高宮カトリック教会
 
2012年5月号  

  信 仰 年  2012年10月11日〜2013年11月24日
フランシスコ・アシジ エドウィン モニス神父 

 皆さま、2012年10月11日から信仰年が開幕しました。ご存知のように「信仰の年」は、第2バチカン公会議開幕(1962年10月11日)から50周年を迎えることを記念すると同時に、福者ヨハネ・パウロ2世教皇によって公布された『カトリック教会のカテキズム』発行(1992年10月11日)の20年目にあたることから、2012年10月11日から始まり、翌2013年11月24日、「王であるキリスト」の大祝日に終了します。

 日本の司教団は、各教区や小教区、さまざまな信仰共同体が「信仰年」の意向を意欲的にくみ取り、それぞれの豊かな計画や行動を発案し、この恵みの時を有意義に過ごすよう希望しています。

 私たち高宮教会共同体はどんな年にしましょうか。「小さいことは小さいですが、小さいことに忠実であることはとても大切なことです0」と、幼いイエスの聖テレジアがおっしやつています。私たちも「信仰の年」を恵みの年にしましょう。

「信仰年は、まず何よりも信仰を願って祈る年、信仰の賜物を願う年。それがなければ、教会のあらゆる働き、全世界に及ぶ救援ネットワーク、宣教活動は、存在理由を失います。」(『カトリック生活』11月号)。「信仰は、信じることによって成長し、強められます。愛のみ手にますます自分をゆだねる以外に、人生に関する確証を得る道はありません0この愛はたえず増大するように思われます。なぜなら、愛は神から来るものだからです。」(『信仰の門』7)。「私たちが告白し、記念し、生き、祈る信仰の内容を再発見し、信じることについて考察」(『信仰の門』9)しなければならないのです。

 私たちがいただいた信仰の恵みに感謝いたしましょう。同時に自分たちの信仰を見つめ直し、自分の信仰をもっと深めることができるよう努力しましょう。

 高宮教会共同体では、2012年から月1回「聖体降福式=BENEDICTION」を行っています。そして11月11日に長崎巡礼に行って、私たちの先祖が、禁教の時、迫害の時、殉教の時も自分の信仰を守り、信仰のために自分の命を犠牲にしたことを学び、参加者も自分の信仰を改めることができたと思います。殉教者たちの信仰生活を学び、生き、自分たちの信仰が強められて伝えることができるよう互いに助け合いましょう。

 この機会に教皇ベネディクト16世が出された自発教令『信仰の門』と『カトリック教会のカテキズム』を学びましょう。

「信仰年」を、もう一度信仰の恵みを見つめ直す旅にしましょう。まず、祈り、神のことば(聖書)、感謝の祭儀(ミサ)を通して自分の信仰を深めるよう励み、クリスマスに幼子イエス様が私たちの心、家庭に生まれるよう、降誕祭の良い準備をいたしましょう。


    高宮教会へようこそ アジット神父様

                                   アジット ロドリゲス 神父様
 私の名前はアジットロドリゲスです。私はインドで生まれました。私の家族は5人です。母、2人の弟と義理の妹です。私の父は、ちょうど私の叙階の前に死亡しました。私のすぐ下の弟は船で働いています。もう1人の弟は大学で勉強しています。

 私は高校を卒業後、神学校に行きました。私の母は、私が家族の中で長男だったので反対しました。しかし、父は、「それは神の召し出しであり、止めない」と母に言いました。その後、母は「あなたは神の召し出しだから神の仕事を行い、再び振り返ることはできません」と私に言いました。私が神学校に入る前の、私の母からのメッセージでした。私はイエスの言葉を思い出しました。「誰でも、手を鋤につけてから後ろを見る者は、神の国にふさわしくありません。」(ルカ9・62)

 私はカブチン会の神学校に入りました。私は神学校で14年間勉強しました。実際には、聖職者への長い旅でした。神学校で私たちは32人でした。5人だけ司祭になり、その内の1人は私です。

 ここで私はイエスの言葉を覚えました。「招待される者は多いが、選ばれる者は少ないのです。」(マタイ22・14)。この14年間で私が経験したものは、「神の恵みをあなたが受け入れることができない場合、神の意志があなたに実現することはない。」ということでした。

 皆さんと同じように、イエス・キリストの愛を私も経験していますから、その愛を共有したい。私は高宮教会の人々を愛し、この場所が大好きです。皆さんとより多くの年を過ごしたい。私たちはこれから、地球上で神の王国を建てるために、一緒に働きましょう。

 キリストが言われた「収穫は多いが働き手が少ない。だから、収穫の主に、収穫のために働き手を送ってくださるように祈りなさい。」(マタイ9・38)。私たちは、神のぶどう園で働く働き手のために祈りましょう。日本は太陽が昇る国といわれます。神の仕事をしている全ての人々を照らし、さらに召し出して輝かせてくれるでしょう。

 皆さんの幸せ、愛と神からの祝福を願います。
映画『ソール・サーファー』を観て
                                  マリア 永 田 
 この映画の主人公ベサニー・ハミルトンさんは、13歳の時、サメに襲われて左腕を失うという悲劇的な事故に遭いながらも、現在、プロのサーファーとして活躍する実在の人です。

 ベサニーさんは、ハワイで開催されたサーフィンコンテストに返り咲きして出場したものの、思うような結果は出せず失意に陥ります。一度はサーフィンと決別しますが、勧められてスマトラ沖地震で被害を受けた地域へボランティアとして参加した時、社会的・経済的に困難な立場に置かれている人たちを目の前にして衝撃を受け、途上国の子どもたちの苦しみを思うと自分も困難に負けてはいられないと、再び立ち上がる勇気と元気を取り戻していきます。

 この映画を観る動機となったのは、『カトリック新聞』で紹介されていたからです。主人公が事故に遭った時の年齢が13歳ということで、孫二人も近い年齢で同世代の心に何か感じるものがあればと一緒につれて行
きました。

 大自然のすばらしさと臨場感あふれる音響と映像、苦難に負けず立ち上がるべサニーさんの生きる姿に、私たちは感動しっぱなしでした。実話だからこそ伝わるものがあったと思います。

 帰り道、ベサニーさんがタイで子どもたちに希望と励ましを伝え続けていることを話すと「マザー・テレサみたい」と二人は声を揃えて言っていました。孤独や不安の中で悩む時、苦しみを共にしてくださる主の呼びかけに気づくことが、希望の光を見い出すことへつながるということを改めて教えられた映画となりました。

神様からいただく安らぎを訪れる方に
                                 カタリナ 三 未 
 お店に出かける時、「神様、今日はどんな方に会わせてくださいますか。今日『sharar。』を訪れる方に喜んでいただけるようどうぞ力をお与えください。」とお祈りします。

 末娘が幼稚園の時、手作り仲間と始めた自宅ショップは、少しずつ形を変えながら10年を経過して、「おうち雑貨Sharara」という名の小さなお店になりました。「Sharar。」に込めた思いは「謝楽々」。生きていれば楽しいこと、うれしいことも沢山あるけれど、時々苦しいこと、悲しいこと、乗り越えられそうにないと思えることもある。それでも、あれもこれも全部まとめて神様におささげして、家族や周りの人々に感謝しながら、笑顔で楽しく生きて行きましょうという思いです。


「Sharara」は、いっも気軽に立ち寄れて、ホッと一息つける場所でありたいと願っています。お茶を飲みながらゆっくりしたり、誰かとおしやべりしたり、好きなように時間を過ごしていただけたらと思います。

 でも、いつも思うのはマザーテレサをお手本に、「私の思いではなく、神様のみ心のままになりますように」。もし、神様がそこで私を働かせたいとお望みなら、厳しい状況であってもきっと成り立たせてくださるでしょう。しかし、一方ではいっでも手放す覚悟が出来るようにとも願っています。

 いつも、何でも神様にお尋ねします。神様は祈ることによって、様々な形で平安と確信を与えてくださいます。

 今日も、神様が会わせてくださる方に、喜んでいただけるようお祈りしつつ、精いっぱい努めたいと思います。

「信仰年に平和の道具として生きる」
                                   ステファノ 郷 原 
「南区の駐車場に止めた車の中で、4人がぐったりしている」。5月下旬、警察担当の新聞記者をしているわたしのもとに一報が入り、現場に急行しました。亡くなったのは20歳代のお母さんと小学生の子どもたち。お母さんは最近離婚し、独りで子育てをしていたようです。

 わたしも3人の子どもの父親。やるせない気持ちで50行ほどの原稿を書きました。しかし、翌日の紙面に載った記事はわずか20行。いつしかわたしの中でも、毎日大量に接する事件・事故の一つとして心の底に埋もれていきました。

 ときどき、暗たんたる気持ちになります。新聞記者の仕事は事実を伝え、背景を明らかにし、再発防止の道を示すことです。それを日々の忙しさにかまけ、通り一遍の記事に仕立てて流していく。それで平和な社会づくりに貢献なんてできるのか、と。

 今年は「信仰年」。信仰とは何かを考えるまたとない機会ですが、「行いが伴わないなら、信仰はそれだけでは死んだものです」(ヤコブ2・17)。イエス様もきっと「考えるだけではなく、身の回りのできることから行いに移していこう」と語りかけているのだと思います。

 亡くなった4人の部屋のベランダには、洗濯物がかかったままでした。子どもたちの服はみなシワもなく丁寧にさおにかけられていて、最後まで子どものことを考え悩んだお母さんの思いが伝わってくるようでした。子どもたちは当然、もっともっと生きたかったことでしょう。言葉にならない彼らの思いに少しでも寄り添えるような仕事をすること。それがわたしにとっての「信仰年に平和の道具として生きる」こと。苦い記憶とともに、心に留めています。
26聖人殉教地と長崎の教会を訪ねる巡礼旅行
 11月11日(日)、高宮教会の小教区行事として、列聖150周年の日本26聖人殉教地と長崎の教会を訪ねる日帰り巡礼を行いました。訪れた先は「日本26聖人殉教地」「浦上教会(被爆マリア像)」「聖母の騎士修道院(聖コルベ記念館、本河内教会)」の3箇所。「信仰年」に合わせて長崎の教会を訪ね、26聖人をはじめとする殉教者、さらに、250年にも及ぶ迫害と禁教の時代にあっても信仰を守り通した信仰の先達に学び、現代に生きる私たち一人一人の信仰の高揚のために組まれた巡礼でした。

 参加者は52人。エドウィン、アジットの両神父さまをはじめ、赤ちやんから85歳までの信徒が中型バス2台に分乗して早朝7時20分、高宮教会を出発しました。

 夕方6時半、帰着。全員が聖堂に入り、エドウィン神父さまの指導によって、雨に降られず、何事もなく無事に帰り着いたことの感謝の祈りを唱え、楽しかった交わりの喜びを胸に抱きつつ解散しました。
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