高宮カトリック教会
 
2014年4月号  

Gratitude is the attitude of the sincere heart
 「感謝の気持ちは、誠実な心の態度である」 
フランシスコ・アシジ エドウィン モニス神父
 主のご復活おめでとうございます。

 このたび、私は復活祭を最後に高宮を去ることになりました。高宮で4回目の復活祭を迎えることが出来たことは、私にとって感謝の気持ちでいっぱいです。

 この3年間を一言で言うと
「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです」(Tテサロニケの信徒への手紙5・16−18)
このみことばを心に留めて皆さまと共に働く事が出来たと思います。

 2011年3月11日は東日本大震災の起こった日です。私は2011年3月8日、仙台空港から福岡に来ました。仙台教区で働いているホセ神父さまの案内で仙台、石巻、松島を訪れたのち、8日に仙台から福岡に着任したのです。その3日後の3月11日に起こった大震災をテレビで見て心臓が止まるほどびっくりしました。3日前に出発した仙台空港は水でいっぱいでした。これは忘れられないことの一つです。

 高宮教会に来る前に埼玉と東京教区で働きましたが九州で働くのは初めてで、前主任戸村神父さまが優しく高宮教会の司牧について教えてくださいました。そして皆さまが私を温かく迎えてくださったことも忘れられません。

 私にとって高宮での3年間は「恵みの年」でした。それはさまざまな出来事を通してたくさんのお恵みをいただいたからです。

 2011年は学ぶ年でした。2012年は、「26殉教者の列聖150周年」を迎え、26聖人の殉教地を訪問し、また「信仰年」を皆さまと一緒に学び、祈りあいました。2013年は、平戸・生月巡礼に行き、殉教者や禁教令時代の信徒の生き方から信仰を共に学び、信仰を深めることが出来ました。

 私の留守の間、長崎から戸村神父さま、片岡神父さま、教区の松井神父さま、カプチン会のアジット神父さまが司牧にあたられ、また待降節、四旬節の黙想会と共同回心式のためにたくさんの神父さま方が高宮教会にいらしてくださいました。一人ひとりに心から感謝を申し上げます。

 福岡教区の行事への参加を通して、高宮小教区と他の小教区との交流が深まり、信仰生活が励まされ、力づけられました。

 一方、振り返ってみると皆さまの望みに応えることができずご迷惑をおかけしたことが多かったと思います。司祭は人々の中から選ばれた一人です。主イエスは次のように言っています。
「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。あなたがたが出かけて行って実を結び、その実が残るようにと」(ヨハネ15・16)。

 この3年間に与えられた使命を全うするために一生懸命頑張ったつもりですが足りないことがたくさんありました。自分の性格や弱さからくる言動で皆さまの心を傷っけたり無理解からたくさん迷惑をかけたこともありました。しかし神様が与えて下さった一人ひとりを大切にしようという思いは今も変わりません。共同体の一致と平和のために毎週土曜日の10時のミサを高宮教会の一人ひとりのためにささげてまいりました。

 この3年間の役員の皆さまに心から感謝申し上げます。皆さまのご協力のおかげで私が苦労することは少なかったのです。
「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである」(マタイ18・20)
と主イエスは言っています。今までの宣教活動の中で大事にしてきたことの一つは家庭訪問、病人訪問です。数人の方と一緒に訪問して教会の活動を分かち合い、福音を証しする機会にもなり、喜びと力を与えられました。

 まだ書きたいことが山ほどありますが聖書のことばで終わりにしたいと思います。
「祈りのたびにあなたがたのことを思い起こし、絶えず感謝しています」(ェフェソへの手紙1・16)。

 どうぞ私のためにもお祈り下さい。
                      Thank yo uand God bless you.
                        お世話になりました。
 エドウィン神父さまと行く「ルルド巡礼」 
マリア・クララ 倉田

* ベルナデッタ

 St.Bemadette
  Soubirous
 (1844年−1879年)

 ルルド(フランス)に
生まれ、14歳の時に
洞窟にて聖母の出現
を見る。
 1866年、ヌヴェール
愛徳修道会に入る。
没後46年で、教皇ピ
オ11世によって列聖
される。
 10年近くルルドの巡礼にかかわってきたが、今回初めて高宮教会の神父さまにご同行いただくことができ、感謝と喜びでいっぱいだった。

 総勢37名が日本の各地からパリに集合、まずベルナデッタのご遺体が安置されているヌヴェールの修道院で最初のミサが捧げられた。一人ひとりがいろいろな思いを持って巡礼に参加している。自分の望みだけではなくそこに神様のご意思があることを感じる。

 35歳で亡くなるまで過ごされた修道院。ここに泊まって、ベルナデッタもこの廊下を歩かれたのだ、この聖堂で祈っておられたのだと思うと、胸が熱くなった。

 翌日パリから6時間半、高速新幹線に乗ってルルドに到着。修道会経営のホテルに3泊した。あいにくの天候で、ほとんど毎日雨が降った。コートはびしょ濡れ、靴はずぶ濡れ、でもこの風雨のお陰で、グロツト(洞窟)でのミサは全員が洞窟に入り、祭壇を囲んでのミサとなった。普通は願ってもかなえられないこと、巡礼中は何が起こっても神様のご計画、それを受け入れ、神様が守って下さることを信じて過ごす。

 ご出現の記念日には地下大聖堂に3万人以上の巡礼者が集まり、エドウィン神父さまも数百名の司教、司祭団に加わられ、荘厳なミサが捧げられた。1858年2月11日のご出現の翌日に長崎奉行が絵踏みの中止を宣言したとのことを最近になって知り、今まで以上に親しみを感じた。

 最終日、パリ・ミッション会本部の聖堂での最後のミサ、共同祈願の時全員が感想や祈りを捧げ、分かち合いをした。

 来年は日本信徒発見150周年。浦上の信徒と出会ったプチジャン神父さまはここの宣教師、私の洗礼にかかわってくだ司祭団に加さった神父さまも同量教会の方。このご縁を感じ、豊かな恵みをいただいた巡礼だった。                                
 
修道院でのミサ


亡くなった部屋


ルルド


地下大聖堂ミサ


パリ・ミッション会本部

アジット神父さまありがとうございました
ユスティノ 和田
 日本の春は、新しい始まりの前に別れの季節でもあります。アジット神父さま、高宮教会での司牧ありがとうございました。

 神父さまの印象は、あの笑顔とひとなつつこさと子ども好きなこと。初めて見る子どもを見つけると、すぐに寄っていって抱っこしてしまうのです。不思議なことに、抱っこされた子どもが嫌がっていなかったのは、神父さまのニコニコ笑顔のせいでしょうか。小さい子たちとは、ワーワ一言いながら、鬼ごっこしていたことを思い出します。教会学校の子どもたちにとって、一番の思い出になるでしょう。

 中高生たちには兄貴的な存在で、いつも笑顔で輪の真ん中にいらっしやいましたね。 私たち教会学校の保護者にとっても、教会学校のあとのおしやべりが楽しかったです。

 慣れない日本語で、お説教の準備も大変だったと思います。 神父さまが、その日のミサの福音を自分の言葉で語られていたお説教は、神父さまの努力とお人柄がにじみ出るものでした。 私たち信者とイエズス様との間を、もっと親しくしたいとの思いが感じら
れ大好きでした。

 昨年の夏には、神父さまが作曲された「主の祈り」をコーラスで歌う機会がありました。 ご存知のように、神父さまはCDも出される音楽家です。 正直なところ、初めはなんで主の祈りを変えるの?と思いましたが、練習を重ねていくうちに揺れるようなメロディが南の島を渡るさわやかな風のように感じられ、お祈りとマッチしてとてもよかったです。

 神父さまのことですから、新しい任地に行かれてもきっと信者に慕われることでしょう。でもたまには高宮教会を思い出して、是非またおいでください。

 神父さまのご健康とご活躍を祈念いたします。本当にありがとうございました。
神父さまの印象は、
あの笑顔とひとな
つつこさと子ども好
きなこと




「グレゴリオ聖歌を学ぼう」に参加して
セシリア 河野
 私の改宗の大きなきっかけがグレゴリオ聖歌との出会いです。

 何の知識も興味もないまま音楽の勉強と思い、東京での3泊4日の教会音楽講習会に参加しました。朝夕の祈り、典礼、ネウマ譜、等々私にとって初めての経験ばかりでしたが、とても不思議な空気の中で自分の心が洗われ、感動を覚えたことを思い出します。

 3月28日に高宮教会にて泉鏡先生を招いてグレゴリオ聖歌を学ぶ勉強会がありました。 グレゴリオ聖歌は歌になった祈りですと強調されました。かつての修道士たちが神に捧げる祈りとして歌っていたグレゴリオ聖歌と出会い、力をいただき尊いものを感じることができて感謝しています。

 この2月から教会でミサ後、降誕祭に向けてのグレゴリオ聖歌の練習が始まりました。また、月1回第2水曜日朝ミサ後グレゴリオ聖歌の練習があります。典礼聖歌の原点であるこの霊性豊かな聖歌を一人でも多くの人とともに親しめたらいいなと思います。
聖書のことば(神の
み言葉)を祈りを込
めて歌うことだと思
いを新たにしました


 もつれた結び目を解く聖母マリア
聖母に祈って、複雑
な絡み合いを解いて
いただこう、きっと
解いてくださる
 キリスト教の中でも、願い事をかなえてもらうために、この聖人に祈る・・・という信心があります。

 昨日、新しく知った信心があります。願い事を聞いてくださるのは聖母マリア、願う内容は「いろいろなもつれ」です。

 イタリアから帰った姉妹が「結び目を解く聖母マリア」のご絵をおみやげにくれました。

 この絵のマリアの手元をご覧ください。右側の天使が聖母に差しだしているのは、結び目がたくさんあるひもです。そのひもがマリアの手をとおると、左に垂れているように、結び目がほどけてきれいになっています。きれいになったひもを手にしている左の天使は、わたしたちの方を向いて「ほら、ご覧なさい。きれいになったでしょ」と言っているかのようです。

 フランシスコ教皇が、ドイツの神学校にいるときにこの絵を初めて見て心を打たれ、この絵はがきを作って、母国アルゼンチンに戻ったとき、配り始めたそうです。友人に描いてもらったこの絵を、ブエノスアイレスで働いていたチャペルに掲げると、より多くの人々の目に触れるようになり、この信心は広がっていきました。この絵が描かれた由来は、さらに時代を遡り、16世紀の、結婚生活がもつれたある夫婦のお話になります。この物語について、またフランシスコ教皇のお話については「カトリック生活」2013年8月号をご覧ください。とても詳しく書かれています。

 「もつれた関係を修復してくれるマリア」この絵を見て、聖母マリアをとても親しく感じました。大事にしよう、お願いしてみようと思いました。うまくいかない人間関係、自分の心の中のもやもや、国と国の複雑な関係、夫婦・家族の中のもつれ、これらを聖母に祈って、複雑な絡み合いを解いていただこう、きっと解いてくださると思いました。

 アルゼンチンでこの信心を広めたベルゴリオ神父は、フランシスコ教皇となり、この聖母が世界レベルで広がっています。フランシスコ教皇の聖母への強い信頼の祈りにあやかりながら、結び目を解いてくださる聖母に祈りましょう。

       ラウダーテ「シスターのつぶやき」より

  結び目を解くマリアへの祈り

助けを求める子供たちを見捨てられない母マリア、
限りなく愛する子供たちの願いを聞いてくだきる方。
神の愛と憐れみに満ちたまなぎしを向けてくだきる方。
私の人生に絡み合つた結び目をご覧ください。
あなたは私の苦しみと失望を知っておられます。
この結び目が私を締めつけています。
悪魔さえも憐れみ深いあなたの御助のもとから
私を取り去ることはできません。
あなたのみ手で解けない結び目はありません。
おとめマリアよ
恵みと力をもって、あなたの子救い主イエスのもとに
この結び目を受け入れてください。
紳の栄光のために、あなたにお願いいたします。
この結び目を解いてください。
あなたは御父が私に与えてくださった唯一の慰め、
私が弱っているときのとりで、
貧しいときに豊かさを与えてくださる方。
キリストといることを妨げるすべてのものから解放し
私の願いを聞き入れてください。
私を守り、導き、よりどころとなってください。
結び目を解いてくださる方マリア、
私たちのためにお祈りください。
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